二十の終わり 懐かしい着信音があたしを呼び覚ました

「・・・もしもし・・・?」
『あ、西野・・・?ごめん、まだ寝てた?』
「んー・・・もう起きなきゃって思ってたところ」
一度止めた痕跡のある目覚まし時計をベットの上で転がしながらつかさは答える
『なんか疲れてるみたいだね』
「んー・・・昨日ね 新しいチョコクリーム作ろうとしててね。これで最後にしよう、って
思って作ったのが結構いい感じにできて。もう少しもう少しってやってたら日が昇りはじめちゃってさ」
ベットの横に座り脚を揺らしながら昨晩脱ぎ散らかしたスリッパを探す
『・・・ははっ西野らしいね。でもあんまり無理するなよ』
久しぶりに聞いた愛しい笑い方に笑みがこぼれる
「ん ありがとう」
「で 君は誰かな?」
『え?』
「電話かけたら自分から名乗る!これ基本だからねっ」
だんだんと冴えてきた頭で昔のように声を躍らせる
『あーえ っと・・・ 淳平です。真中、淳平。』
想像通りの反応に小さな笑い声をあげる
『西野?』
「ふふっ・・・知ってるよ。だって淳平くんだけ別の着信音だもん」
『・・・あ・・・そうなんだ・・・』
と言いつつも最初の一声だけでも当てる自信はあるのだけれど。

つかさは着替えながら久しぶりだね、だとか他愛のない会話を続けた



『あのさ・・・今少し近くに来てるんだ。明日にはクレテイユを通過する』
『少しでいいから・・・会えないかな』
役目を果たせなかった目覚まし時計の秒針だけが半周分ほどしゃべり続けた
『ごめん・・・約束と違うよな 無茶なこと言ってるのはわかってるんだけど
どうしても 会いたくて・・』


「会わないよ」


お昼過ぎの風が緑を揺らして心地よいリズムを刻んだ
(お昼ご飯 何作ろうかなー・・・)

『あ・・・あ、そうだよな 西野も忙しいもんな。俺なんて』
「違うよ」
周りに比べて長い1本の前髪を指でつまみながらつかさは淳平のことばを遮る
「別に 淳平くんが嫌とかじゃないけど。でも今会っちゃダメだから」
『・・・ダメ?』
「うん ダメ。よくわかんないけど。ふふ」
(あれー・・・冷蔵庫こんなにスカスカだっけ・・・参ったなぁお昼どうしよ・・・)
「あたし この街が好きだよ。食べ物はおいしいし 緑は綺麗だし」
『うん』
「ちょっと古いレンガの道も好きだし 朝がくるとどこかの部屋から聞こえてくるピアノの音も好き。」
『うん』
「あたしはこの街で頑張っていく。」
『・・・うん』
「・・・淳平くんに会ったら そのまま日本に帰りたくなっちゃうかもしれないでしょ。でも帰れないから」
『・・・・・・・・・俺も 頑張らなきゃな』
「うん。さーてと お昼ごはんの買い足しに行かなきゃ」
『あ、そっちはそんな時間か。ごめんな、長くなっちゃって。こっちはそろそろおやつの時間かな』
「・・・ちょっと待って?さっきも思ったけど・・・今どこにいるの?」
『今おやつの時間になろうとしてる場所?』
「・・・バカ。」
『・・・いつかお互い全て話せたら良いね』
「なんか・・・大きなことしてるんだね、淳平くんも。こんなことしか言えないけど頑張って」
『ああ』
「あたしも頑張るね」
『おう』

短い別れの言葉を交わし名残惜しそうに けれど力強くつかさは電話を切った
(お昼・・・何にしようかな・・・)
もう一度冷蔵庫の中を確認してから鞄を取り靴を履いた。
ドアの開け閉めされた音が響いたお昼下がり
街人は今日も幸せそうに生きている


いつかくるいつかのために。私はこれからもこの街で頑張ります。
あたしの夢を叶える場所はこの街と決めたから。




Image song 槇原敬之/遠く遠く